五賢帝のうちトライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの3皇帝の時代。

紀元2世紀初頭、ダキアとメソポタミアを併合して帝国の版図を最大にした初の属州出身皇帝トライアヌス。帝国各地をくまなく視察巡行し、統治システムの再構築に励んだハドリアヌス。穏やかな人柄ながら見事に帝国を治めたアントニヌス・ピウス。世にいう五賢帝の中でも、傑出した3人の業績を浮彫りにし、なぜ彼らの時代が「まれなる幸福な時代」たりえたのか検証する。

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年に1冊のペースで書き下ろしているこのシリーズ。今回はローマ時代の「五賢帝」のうちトライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウスの3人を取り上げている。トライアヌスは、ローマ帝国初の属州出身の皇帝であり帝国の版図を拡大する。ハドリアヌスは、トライアヌスが拡大した帝国内をくまなく巡察し統治システムをたて直す。最後のアントニウス・ピウスは帝国内の政治を充実させ、治世者というよりも帝国の父親役を見事に演じきった皇帝である。
おもしろいことにこの巻は著者の意外な愚痴が導入となっている。前々作の『悪名高き皇帝たち』に列記されていた皇帝たちとちがって、「賢帝」たちに当時のローマ人自身が心底から満足していた。それゆえに同時代に生きた歴史家タキトゥスたちが書く動機を失い、史料を残していないことを著者は嘆いてみせる。とは言いながらも、当時のローマ人が「黄金の時代」と言った時代を生み出した皇帝たちの治世の手法、人格、思考などのさまざまな側面を、残された史料から見事に再構築している。
そのひとつにトライアヌスの皇后プロティナが若きハドリアヌスを「可愛がった」ことについて、多くの歴史研究者が実際の関係を探ろうとして失敗しているという記述がある。それに対して塩野七生は、10歳は年上の女性が年下の男に「弱くなる」条件を提示し、2人の間に肉体関係はなかったと断言する。このくだりの説得力と筆述はまさに本書の醍醐味である。そしてトライアヌスの章の最後で、その肖像への語りかけに著者の最大級の愛情を感じる。(鏑木隆一郎)